「本」は“紙をめくって読むもの”という時代から、“指でスクロールして読むもの”という時代に変わってきました。
実際、多くの人が、自分のスマホやタブレットの中にひとつはデータ化されたお気に入りの漫画や小説を持っているのではないでしょうか。本をデータ化すれば、重くて分厚い本を持ち歩かなくてもいいし、いつでも読みたい本や漫画が見られる。 何とも便利な時代ですね。
とはいっても、全ての本が電子書籍化されているわけではないし、何百ページもある本をいちいち自分でデータ化するのはめんどくさい。
このようなニーズをとらえて、データ化したいと思う本を郵送すると代わりにデータ化してくれるというサービスを提供する業者、いわゆる「自炊代行業者」が増えています。
では、漫画や小説のデータ化を代行する行為は法律上問題がないのでしょうか。
今回は、この自炊代行業者が本をデータ化する行為について判断した注目の裁判例をご紹介いたします。
1 本をデータ化する行為はすべて違法?
まず、前提として、本をデータ化する行為は、著作権法上の「複製」にあたります。
(「複製」とは、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」をいいます(同法2条1項15号)。)
では、直ちに違法かというと、そうではなく、本の所有者が自分で読む場合など、個人的に利用する目的で行う場合には、私的使用にあたるので、著作権法上許されるのです(同法30条)。
本をデータ化するという技術は、とても便利なものですから、これを全て禁止してしまうのは社会的にももったいないですし、個人的に利用するだけなら、著作権者にも特に不利益はないからです。
一方、例えばデータ化したものを販売して利益を得たり、ネット上にアップロードしてだれでも無料でダウンロードできるようにするなどといった目的で行った場合には、私的使用とはいえないので、違法となります。
このような行為を許してしまうと、誰も正規の値段を払って本を買ってくれなくなくなってしまうなど、著作権者である作者らに大きな不利益が及ぶからです。
2 自炊代行業者の場合は違法?
⑴ 自炊代行のプロセス
では、自炊代行業者が本をデータ化する行為はどうでしょうか。
これを検討するにあたって、まずは、自炊代行業者がどのようなプロセスでデータ化を行うのかを見てみましょう。
(1)利用者が自炊代行業者に対し、本のデータ化を申し込む
(2)利用者が、自炊代行業者にデータ化してほしい本を送付する
(3)自炊代行業者が送付された本を裁断する
(4)自炊代行業者が裁断した本をスキャナーで読み込み、データ化(電子ファイル化)する
(5)利用者がデータ化された本の電子ファイルをネット上でダウンロードするか又はDVD等に記録したものを受け取る
このようなプロセスで、自炊代行業者は本のデータ化を代行するのです。
そして、利用者からその手数料を支払ってもらうことで、利益を得ているのです。
⑵ 自炊代行業者は利益を得ているから違法?
このようなデータ化のプロセスからすると、自炊代行業者は本をデータ化して利益を得ているのだから違法じゃないか、と思うかもしれません。
しかし、自炊代行業者の行為が違法かどうかは、“「複製」をしたのは誰か”によって変わるのです。
つまり、「複製」したのが自炊代行業者なら、利益を得る目的で行っている以上、著作権法違反となります。
一方、「複製」したのが利用者だと評価されるならば、私的に使用する目的で行っているにすぎない以上、著作権法上違法とはなりません。
3 裁判所の判断は?
それでは、裁判例を見ていきましょう。
平成25年9月30日と同年10月30日に2つの判決が出されています。
(東京地判平成25年9月30日、同平成25年10月30日)
両者は事案も裁判所の判断もほぼ同じ判断ですので、9月30日の判決を見ていきたいと思います(以下、「本判決」といいます。)。
この事件は、著名な作家や漫画家7名が、自炊代行業者に対し、自分の著書をデータ化する行為(自炊代行行為)の差し止め及び損害賠償を請求したという事件です。
この事件で主要な争点のひとつとなったのは、まさに、原告である作家らの作品を“「複製」したのは誰か”という点です。
⑴ 「複製」の主体についての判断基準
本判決で、裁判所は、誰が「複製」したのかを判断する基準について、最高裁判決(最判平成23年1月20日)を引用し、「複製の実現における枢要な行為をした者は誰かという見地から検討するのが相当」であり、その判断要素として、「複製の対象、方法、複製物への関与の内容、程度等の諸要素を考慮して判断するのが相当である。」と判示しています。
この「複製の実現における枢要な行為」とは、複製の過程で一番重要な行為という意味であり、その一番重要な行為を行った者が複製の主体であると考えているのです。
⑵ 本件について
本件における「複製」の主体について判断するにあたり、裁判所は、まず、自炊代行業者による本のデータ化の過程を先ほど示した(1)から(5)までの5段階に分けて分析しました。
そして、複製の対象は、利用者が保有する書籍であり、複製の方法は、本に印刷された文字や図画を自炊代行業者が管理するスキャナーで読み込んで電子ファイル化するというものであることを認定しました。
また、利用者と自炊代行業者の複製物への関与の内容、程度等については、複製の対象となる書籍を送付するのは利用者であるが、書籍の電子ファイル化という作業に関与しているのは専ら自炊代行業者であり、利用者は全く関与していないことを認定しました。
このような事情を考慮して、「本件における複製は、書籍を電子ファイル化するという点に特色があり、電子ファイル化の作業が複製における枢要な行為というべきである」として、自炊代行業者が複製の主体であると判断しています。
⑶ つまり…
先ほどの(1)から(5)までの行為をみると、複製の過程において一番重要な行為は、まさに本の内容を電子ファイルとして有形的に再製する行為である(4)裁断した本をスキャナーで読み込みデータ化(電子ファイル化)する行為(以下、「(4)スキャン・電子化行為」といいます。)といえますよね。
したがって、この(4)スキャン・電子化行為が「複製における枢要な行為」にあたるところ、これを行っているのは自炊代行業者のみであって、利用者は全く関与していない以上、「複製」をしたのは自炊代行業者であると判断したのです。
4 裁判所の判断の問題点
このように、本判決は、平成23年最高裁判決の示した判断基準を引用した上で、自炊代行行為を分断して分析し、枢要な行為=(4)スキャン・電子化行為の主体が自炊代行業者であるから、「複製」の主体も自炊代行業者であると認定しました。
しかし、そもそも自炊代行は、利用者がその私的な利用のために、利用者自ら注文してはじめて自炊代行業者がデータ化をするのであり、自炊代行業者はただの手足として利用者の代わりにデータ化作業を行っているだけとはいえないのでしょうか。
実際、上記のような裁判所の判断には、批判も多く寄せられています。
⑴ 問題点(1):行為主体の判断基準
本判決は、結局、実際に(4)スキャン・電子化行為を行っているのが自炊代行業者であるという、物理的・自然的な観点のみから、複製の主体が自炊代行業者であると認定しています。
しかし、自炊代行が、前記のように、本の購入や送付、自炊代行の注文といった利用者の主体的な行動により初めてなされるものであることからすれば、裁判所のように、物理的・自然的観点からのみ判断するのには問題があります。
平成23年最高裁判決の補足意見(同判決を下した最高裁判事のうちの一人の意見)でも、行為の主体の認定においては、「単に物理的、自然的に観察するだけで足りるものではなく、社会的、経済的側面をも含め総合的に観察すべきもの」であるとの考えが示されています。
これを今回の事件についてみれば、(4)スキャン・電子化行為を物理的に行っているのは自炊代行業者ですが、データ化する本の代金を支払っているのは利用者であり、利用者が自炊代行業者に注文し、本を送付して初めて、自炊代行業者が利用者の指示通りにデータ化という行為を行うのです。
このような流れを経済的・社会的に見れば、利用者こそが、その経済的負担において、主体的に本のデータ化を実現しているのであり、自炊代行業者は、利用者の単なる手足として作業を代行しているに過ぎないということができます。
⑵ 問題点(2):利用者自身によるデータ化の可能性
本判決は、利用者の主体性についても触れており、本のデータ化には、本を裁断したり、裁断したページをスキャナーで読み取ったり、読み取った後のデータをチェックしたりといった作業が必要になるところ、これらの作業には、設備や労力や技術が必要であるから利用者が自分で行うのは難しいということを理由に、「抽象的には利用者が因果の流れを支配しているようにみえるとしても、有形的再製の中核をなす電子ファイル化の作業は法人被告らの管理下にあるとみられる」として、やはり自炊代行業者が電子ファイル化という枢要な行為を行っていると判断しています。
つまり、利用者が自分自身ではできないことを代行業者に行わせている以上、利用者が本のデータ化の代行という行為の流れを支配しているとは言えないと判示しているのです。
しかし、裁断機やスキャナーなどの設備は、一般の人でも家電量販店などで簡単に購入することができ、また、データのチェックも、労力はかかりますが、利用者自身で行うのが困難であるというほどではありません。
このような点からすれば、利用者は、自分でもできる行為をただ代わりに自炊代行業者に代行させているに過ぎないのであるから、利用者こそが本のデータ化の代行という行為の流れを支配しているとみることができます。
5 最後に
以上のように、裁判所は、自炊代行につき著作権法違反を認定しましたが、このような裁判所の判断には、多くの問題が含まれていると言わざるを得ません。
電子書籍文化が加速的に広がりを見せている中で、「電子書籍化されていない本もデータで持ち歩きたい」という人々の思いは自然なものです。
このような望みを叶える方法を安易に違法とするのではなく、これを許容した上で、著作権者の利益を害さないような仕組みを整備していくことが重要なのではないかと考えます。
【執筆者】弁護士 飛岡 依織
※本記事はIT著作権.comからの転載記事です。