1 はじめに
前回は、同一性保持権についてその内容を説明しました。
そこで説明した通り、同一性保持権とは、著作者の著作物及びその題号について、著作者の意思に反してこれらの変更、切除、その他の改変を受けないという権利のことです(著作権法20条1項)。
この文言をそのまま読めば、著作者が知らないところで、著作物に何らかの手を加えた場合、ただちに同一性保持権の侵害になってしまいそうです。
しかし、ささいな変更が直ちに同一性保持権侵害とされてしまうと、著作物の利用・流通が非常に困難になるのでは?という疑問もあり得ます。
そこで今回はこの例外規定や過去の裁判例を紹介しながら、
どのような場合に同一性保持権の侵害になるのか?
どのような改変であれば許されるのか?
という点について説明しようと思います。
2 著作権法20条第2項について
では、前述の例外規定である著作権法20条第2項各号を見てみましょう。
まず、1~3号には、同一性保持権の侵害とならない個別具体的なケースが定められています。
1号【教育目的の利用】
学校教育の目的上やむを得ないと認められる改変
例えば、小学校の教科書に掲載された著作物の難しい漢字をひらがなにする行為などの場合です。
2号【建築物の増改築等に伴う改変】
建築物の増築、改築、修繕、または模様替えによる改変
通常の建築物は、建築物の実用性を保持するために改変を行う必要があることが当然予定されているといえることからこのような規定が置かれています。
3号【プログラムの利用に伴う改変】
特定の電子計算機においては利用し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において利用し得るようにするため、
又は
プログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変
プログラムは、デバックやバージョンアップといった改変を行い、障害を取り除いたり、システムの向上を行うことが必要となるものなので、このような改変については同一性保持権の侵害としないとされています。
そして、続く4号では、
著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変
という一般条項が規定されています。
さて、この4号について、具体的にいかなる場合が
「やむを得ないと認められる改変」
にあたるのかは文言上明確ではありません。
そこで、どのような場合にアウトになってしまうのか、少しでもイメージをもっていただくために、この文言について問題となった裁判例を見てみましょう。
3 20条2項4号についての裁判例
まず、裁判所は、20条2項4号の
「やむを得ないと認められる改変」
という文言を非常に厳格に解釈しています。
例えば、
(1)東京地裁平成10年10月29日(SMAPインタビュー記事事件)では、
4号は、
「同一性保持権による著作者の人格的利益保護を例外的に制限する規定」
であり、
「やむを得ないと認められる改変」といえるのは、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らし、著作物の改変につき、同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同様に強度の必要性が存在することを要する」
とされています。
また、
(2)東京高判平成3年12月19日(法政大学懸賞論文事件)では、
学生の研究論文について、表記を統一するために送り仮名や読点の使い方の変更、中黒の読点への変更等を加えることが「やむを得ないと認められる改変」にあたるか
が争われました。
この点について、裁判所は、本件論文が、大学における学生の研究論文であることや、改変しなければ大学の教育目的の達成に支障が生ずるとは考え難いこと、他の論文との表記の統一が要請される理由も不明確であること等を理由として、
「やむを得ないと認められる改変」にあたらない
と判断しました。
送り仮名や読点の使い方の変更まで権利侵害とされるのですから、4号の解釈に対する裁判所の態度が非常に厳しいことが伺えます。
他方で、4号に該当することを認めた裁判例もあります。
例えば、
(3)東京高裁平成12年4月25日(脱ゴーマニズム宣言事件)は、
漫画の引用にあたって、当該漫画に登場する人物の似顔絵の部分に目隠しを入れることが「やむを得ないと認められる改変」にあたるか
が争われました。
この点について、裁判所は、目隠しを入れるのは当該漫画に登場する他人の名誉感情を害さないようにするためであることを理由として、
「やむを得ないと認められる改変」にあたる
と判断しました。
また、
(4)東京高裁平成10年7月13日(スウィートホーム事件)では、
映画をビデオにしたり、テレビで放送したりする際に、画面の左右をトリミング(切除)することが「やむを得ないと認められる改変」にあたるか
が争われました。
この点について、裁判所は、映画をビデオ化するにあたっては、トリミングは当時通常必要な作業であったこと、原告は、映画がビデオ化、テレビ放送されることを許諾していたこと等の事情を総合考慮し、
「やむを得ないと認められる改変」にあたる
と判断しました。
たしかに上記(3)、(4)の裁判例は4号の該当性を認めてはいますが、それはどうしても必要で、かつ著作物への影響が少ないに限られています。
このように、「やむを得ないと認められる改変」にあたるか否かについて極めて厳格に解されているという点にはくれぐれも注意が必要です。
4 まとめ
これまで述べてきたように、同一性保持権は強力な権利でありながら、侵害に当たらないと判断される場合が非常に限定されています。
そして、その1で述べたように、同一性保持権侵害は、損害賠償だけでなく、差止めの対象になりうるため、著作物を表示するウェブサービスなどでは、この問題が、ずっと続く頭痛の種になりかねません。
したがって、著作物を扱うビジネスを行う際には、複製権等のメジャーな権利のみならず、この同一性保持権の侵害とならないかどうか、同一性保持権侵害にならない方法はないか等についても十分議論・検討することが必要となるでしょう。
なお、実務上は、同一性保持権から生じる紛争を予防するために、著作権の譲渡に関する契約や、サービス利用規約において、
著作者人格権を行使しない
という特約を定めておくといった対処が一般的に取られています。
【執筆者】弁護士 宮地政和
※本記事はIT著作権.comからの転載記事です。