出版社への「著作隣接権」付与に関する問題点

平成24年6月25日、以下のような報道がなされました。 

出版者への著作隣接権付与、次期通常国会に上程へ    「第5回印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(座長・中川正春衆議院議員)はこのほど、これまでの議論の中間まとめを発表し、著作隣接権として位置付ける「出版者への権利付与」の国会への法案提出を決めた。遅くとも、来年の通常国会に法案を提出する。

(2012/6/25 Shinbunka ONLINE)

つまり、出版社に「著作隣接権」を与えることが現実化してきたというものです。

この報道は、現在大きな議論を呼んでいます。 しかし、そもそも「著作隣接権」とは、いったい何なのでしょうか。そして、これを出版社に認めることは、どのような影響があるのでしょうか。

「著作隣接権」とは? 

著作隣接権「著作隣接権」は、作品(著作物)の一定の伝達行為を行う者に認められる権利です。 「著作権」は、その作品を作った者に認められるものです。 しかし、作品を作った者と、それを伝達する者は違ってくる場合があります。

たとえば、「ヘビーローテーション」の歌詞を作ったのは秋元康氏ですが、歌うことによってその歌詞を世の中に伝達するのはAKB48というグループです。このような場合、作品を伝達する者も相当の労力を使っていますし、伝達することで文化の発展に寄与しているともいえます。

そこで、作品を伝達する者にも一定の保護を与えようとするのが、「著作隣接権」という制度です。

上の例でいえば、AKB48は「実演家」として「著作隣接権」が与えられることになります。   この他にも、著作権法は「レコード作成者」や「放送事業者」にも「著作隣接権」を付与しています。

どのような者に、どのような権利を与えるか、ということは著作権法によって決まっています。そして、今のところ、書籍の出版社に対してはこの「著作隣接権」は認められていません。そこで、出版社に対しても「著作隣接権」を付与しようという動きがある、ということが今回の報道の内容です。

なぜ出版社に「著作隣接権」が必要か

出版社に「著作隣接権」を与える理由は、主に

  1. 海賊版(違法コピー)取締の円滑化
  2. デジタル出版物(電子書籍など)を扱う際の権利処理の円滑化

にあると説明されています。

著作者隣接権と内容は法律によって規定されていますが、著作隣接権を有する者は侵害行為の差止請求や、損害賠償請求、さらに告訴もできます。昨年、自炊代行業者が訴えられた事件がありました。この事件では、著名な作家数人が原告となりました。これは、作家は自己の作品に関する著作権しか主張できず、また出版社が著作権や著作隣接権を有していないため、訴える側としてはこのような形をとらざるを得なかったのです。

出版権者が「著作隣接権」を持つと、このような事件において、わざわざ有名作家が原告団に名を連ねる必要がなくなります。すなわち、出版社自らが訴えを提起することができるようになるわけです。

ではなぜ現在、出版社に「著作隣接権」を与えることについて議論が大きくなっているのでしょうか。 

出版契約終了後の弊害

漫画家の赤松健氏は、この問題について、ツイッターにおいて以下の発言をしています。 

出版社に著作隣接権が与えられると、例えば出版契約が切れた後でも、出版社が作品の権利の一部を持つことになる。だから作者が他の出版社で再刊行したいと思っても、「ダメ」って禁止することができる。

 出版社に「著作隣接権」として複製権を付与するとすれば、赤松健氏の懸念は現実のものとなり得ます。書籍の原稿が作家の手元にない場合、出版契約が切れた後、作家が他の出版社で再刊行しようとすると、複製するのは以前の出版社が作成した書籍になります。

しかし、複製権を出版社に認めることは、出版社がこのような複製を拒否できるということになります。そうすると、出版社に一度原稿を買い取られてしまうと、作家にはその後出版社を変更する自由がなくなってしまう可能性があります。

電子書籍市場拡大の弊害

インターネットと電子書籍リーダーの普及によって、電子書籍市場はますます拡大の方向にあります。 しかし、出版社に「著作隣接権」を認めることは、電子書籍市場の拡大に逆行する可能性があります。なぜなら、電子書籍事業者は作家だけでなく、出版社からも利用許諾を得なければならないことになるからです。

日本において電子書籍市場の拡大が遅れている原因の一つに、コンテンツ量が少ないことがあげられます。それにもかかわらず、電子書籍事業者がコンテンツを得るハードルを上げることは、電子書籍市場拡大に対する弊害になりはしないでしょうか。

誰のための改正か

今回の改正案は、海賊版への対応と、電子書籍に関する権利処理の円滑化が目的とされていました。確かに、海賊版への対応は円滑に行われるかも知れません。しかし、出版社にも固有の利益がある以上、電子書籍に関する権利処理の円滑化が実現されるかは疑問です。  今まで、書籍の流通は資本が独占していました。

今回の改正案は、ただでさえ強大な既存出版社の権利を拡大するものです。その一方、今回の改正案は、作家にとっても、電子書籍を望む国民にとっても不利益が生じる可能性があります。

いったい誰のための改正なのでしょうか。

海賊版への対処のため他に有効な手段がないことや、改正によってより電子書籍市場の拡大を円滑にできることについての十分な説明がない限り、今回の改正案が理解されることは難しいように思われます。

【執筆者】 弁護士  渡辺泰央

※本記事はIT著作権.comからの転載記事です。

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