ND漫画は売れに売れ、一大ムーブメントとなり、一部のコアなファンたちから、熱愛され、ついには同人誌が作成されるようになっていきました。
その同人誌は、オタクたちの祭典である、
「コミックマーケット」(通称コミケ)
で販売されるまで至りました。
また、ND漫画の人気キャラのコスプレをする人たちもコミケには登場していました。
40年に渡る歴史を持ち、現在では参加者が50万人を超える化け物イベント「コミケ」
今回と次回の2回で、この「コミケ」について取り上げます。
1 コミケと同人誌
私たちは、小さなころから自分の好きな人や物について絵を描いてきました。
それが嵩じてか、好きな漫画のアナザーストーリーを作ったり、テニス・バスケなどのスポーツ漫画を恋愛漫画に書き換えたりする人たちがいます。
それらの人が作った漫画が、いわゆる「同人誌」です。
この同人誌、結論から言うとほとんどのものが著作権法に違反しています。
今回は、7つのボールを集める国民的大ヒット漫画を素材にした同人誌を例に考えてみます。
(1) 複製権
著作権法は、複製権、
すなわち、著作物(漫画など)を複製する権利を著作権者に認めています。
「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する」
(著作権法21条)
※「専有する」というのは、その人だけができるということで、
その人以外がおこなうと違反になるという意味があります。
「複製」の一番分かりやすい例は、漫画をコピー機等で印刷(コピー)することです。
他にも、漫画で表現されたキャラクターの絵をその特徴を残してそっくりに描くことも、「複製」にあたります。
もっとも、コピー機で印刷した場合は、疑いようもなく「複製」にあたりますが、同人誌のように真似して描いたという場合、著作権法でいう「複製」にあたるかどうかの判断は非常に難しくなります。
一般に「複製」にあたるのは、以下の3つを満たす場合だとされています。
(1) 原作に依拠していること(依拠性)
(2) 原作と類似していること(類似性)
(3) 有形的に再製されていること(有形的再製。有体物に固定されること)
上記大人気漫画の同人誌について考えてみると、
(1) 原作(原作漫画)に依拠していること
同人誌というのは、一般に原作漫画に対するリスペクトや愛情等から描かれます。
したがって、同人作家が、原作漫画を認識していないこと想定しがたく、原作漫画への依拠性は基本的には認められるはずです。
(2) 原作(原作漫画)と類似していること
7つのボールを集める国民的大ヒット漫画に登場する
ある惑星の王子である宇宙人と同人誌で描かれたキャラクターを考えたとき、
・髪の毛がツンツンで、目と眉が同じであること
に限られず、
・頭がM字で、かつ、あの王子と同じ肩パット付きの全身タイツを纏っていること
ここまで一致している場合には、読者は、その同人誌に描かれたキャラクターがあの王子だと想起できるでしょうから、原作漫画の宇宙人と同人誌で描かれたキャラクターには類似性が認められることになると思います。
(3) 有形的に再製されていること
「同人誌」という、新たな有体物に固定されていることから、有形的再製も認められます。
したがって、同人作家が7つのボールを集める大人気漫画にでてくるあの王子を真似して「ツンツンヘッド」、「眉・目」、「M字」、「タイツ」の一致するそっくりな絵を描いた場合、その同人作家は、ある惑星の王子である宇宙人を「複製」したことになります。
そして、著作権者しか認められていない「複製」を同人作家がやることは、原則として違法となります。
もっとも、第1回でも紹介しましたとおり、M字である惑星の王子というキャラクターそれ自体は著作権法上保護されません。
あくまで、そのキャラクターの描かれた絵が保護されることになります。
この点、混乱しやすいところだと思います。
ご注意ください。
(2) 翻案権
また、著作権法は、翻案権、すなわち、著作物を翻訳、変形等の翻案をする権利を著作権者に認めています。
「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」(著作権法27条)
「翻案」の典型的な例は、漫画に登場するキャラクターの絵に、創作性のあるツノを加えたり、色を変えたりすることです。
すなわち、「翻案」は、(1)依拠性、(2)類似性に加えて、(3)新たな創作性がある場合に認められます。
戦闘力53万の宇宙人の最終形態を例に考えると、同人誌で
「戦闘力53万の宇宙人の最終形態には実はもう一段階あり、フォルムはそのままに、体がゴールドになった」
姿を描いたとすれば、
原作への依拠、原作との類似、翻案部分の創作性があるとして、原作を「翻案」したことになる可能性が高いです。
※創作性は、筆者の何らかの個性が表現されていれば認められるとされています。上記の例でいうと、体の色を白からゴールドに変えることが「個性の表現」にあたると考えられます。
そして、著作権者にしか認められていない「翻案」を同人作家がやることは、原則として違法となります。
(3) 二次的著作物の利用
そしてさらに、同人作家の方々は、原作漫画を元にして自分で創作性を加えた二次的な著作物、同人誌を販売しています。
前回の記事にも記載した通り、著作権法は、譲渡権、すなわち、著作物を人に譲渡する権利を著作権者に認めています。
「著作者は、その著作物…をその原作品又は複製物…の譲渡により公衆に提供する権利を専有する。」(著作権法26条の2第1項)
もっとも、コミケで売られているのは、原作漫画ではなく、同人誌です。
しかし、著作権法は、著作権者に、二次的著作物の利用の場合も、原著作物の利用と同一の権利を認めています。
「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する」(著作権法28条)
つまり、原作者は、同人誌を作ったわけではないのですが、原作を素材にした同人誌を「譲渡」する権利ももっていることになります。
もちろん、同人作家も自分が描いた同人誌について「譲渡権」をもっているわけですが、著作権法28条があることで、作者である同人作家でさえも、原作者から許諾をもらわなければ同人誌をコミケで販売できないことになっています。(一つの同人誌に、同人作家の譲渡権と原作漫画家の譲渡権が併存しているイメージになります。)
したがって、同人作家が、同人誌を売ることは、原作漫画家がもっている「譲渡権」の侵害にあたり、原則として違法となります。
(4) 同一性保持権
他にも、著作権法は、同一性保持権、すなわち、著作物の改変に反対できる権利を著作者に認めています。
「著作者は、その著作物…の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」(著作権法20条1項)
「同一性保持権」侵害の分かりやすい例は、漫画に描かれたキャラクターの絵に黒い目線を入れることです。
他にも、「翻案」した場合には、「同一性保持権」侵害となります。
したがって、53万の戦闘力を持つ宇宙人の最終形態に、もう一段階加えて、同じフォルムのゴールドにすることは、原作漫画の「同一性保持権」侵害になり、原則として違法となります。
※同一性保持権と翻案権
ちなみに「同一性保持権と翻案権何が違うの?」「どちらも「改変」についての規定では?」と思われた方もいらっしゃると思います。
いくつかの違いがあるのですが、一番重要なのは、「改変物に創作性が付与されたか否か」です。
上記の宇宙人を「改変」する行為は、同一性保持権上も、翻案権上も「改変」にあたります。
しかし、上記の宇宙人の絵をコピーして、その目に黒ラインを加えたとしても、創作性は付与されたといえないことから、同一性保持権上は「改変」にあたりますが、翻案権上は「改変」にあたりません。
(5) 現状との乖離
このとおり、コミケで同人誌を売る行為は、「複製権」、「翻案権」、「二次的利用としての譲渡権」及び「同一性保持権」と、様々な著作権法上の権利を侵害しています。
違法のオンパレードと言ってもよいと思います。
しかし、「コミケ」は、参加者50万人を超え、多くの人に愛されるイベントとなっています。
また、同人誌を作成するのは、アマチュアだけではありません。
有名な話ではありますが、「幽☆遊☆白書」、「HUNTER×HUNTER」でおなじみの冨樫義博先生は、少年ジャンプ在籍時に同人誌を発行したこともあります。
さらに、同人誌により実力が認められ、プロの漫画家としてデビューした例も最近では多くあります。
このような状況はなぜ生まれているのでしょうか?
次回、コミケにおいて同人誌と双璧をなす「コスプレ」について、著作権上の問題を検討した後、なぜ、コミケが今のような状態のまま生き続けているのかについて私見を述べたいと思います。
【執筆者】弁護士 山田邦明
※本記事はIT著作権.comからの転載記事です。